2.ベネッセ教育開発センター「BERD」掲載 (2005/9/30)
  

教える「現場」×育てる「言葉」第1回 見守る師匠 辛抱する弟子
「根気強さ」こそが能楽への道を切り拓く

【能】日本の古典芸能の一つで、鎌倉末期頃に猿楽から発展した歌舞劇。新作されていたのは室町後期ごろまでで、基本的にはその台本・演出が現在も使われている。2001年にはユネスコによる「人類の口承及び無形遺産の傑作」に認定された。

「難解だ」といわれる能が、じわじわと人気を呼びつつある。能楽師として多彩に活躍する中森貫太さんに、閉鎖的といわれている能楽の伝統を、次代の若者たちにどのように教えているのかをお聞きした。

中世の伝統が息づく世界

能に興味を持ったことがきっかけとなって謡や仕舞などを学びたいという人たちが私どもの門を叩いた時、まず能について知ってもらうことから始めています。

能は、今から650年ほど前に生まれた現存する世界最古の古典演劇です。長い時間の流れの中で、舞台、台本、役者が使う能面、装束、楽器、演出、作曲、振り付け、セリフの発声と発音まで昔のままに受け継がれ、当時もこうであっただろうという面影を色濃く伝えている芸能です。
 
能の創成者である観阿弥清次は、息子である世阿弥元清を率い、寺社などの法会の際に舞を舞い、都で大いに評判となっていました。時の支配者足利義満がそれを見物し、観阿弥の演出力と世阿弥の華麗さに心を打たれパトロンとなったことから、能は一気に高位な存在となったのです。義満の庇護のもと、世阿弥は猿楽に貴族的な教養を組み入れ、大衆芸能から幽玄芸能へ大成させ、現在まで続く能楽が形成されました。

舞台を観ていると、時代を越えても通用する能楽ならではの玄妙さを発見することができるでしょう。

基本のすべては謡に始まる

能は、謡と仕舞と囃子で舞台が構成されています。能の基本は謡です。仕舞だけ始めても謡が謡えなければ、結局先に進めません。謡があって初めて成立するのが能なのです。

そのため、私の所ではまず謡の稽古から始めてもらいます。それもじっくり言葉を身に付けることを重点的にします。謡本は非常によくつくられているので、本を読むための法則をきちんと習って覚えていけば必ず自分で読めるようになります。ですから、私は本の読み方からスタートし、記号(節)の意味を覚えてもらい、完全に理解するまで繰り返します。最初のうちは、1回の稽古で半ページしか進まないこともあるくらい、しつこくやります。
 
稽古の第一目標は、最初の15曲くらいで、謡本を読めるレベルまでもっていくことです。ここでは本の読み方と節を重視します。いわば、「初心者になるため」の下積みの稽古です。かなり理屈っぽく、しつこいと思っても同じことを繰り返しいいます。節を自分で理解し、理屈が分かって謡わなければ謡えたことになりません。節が理解できて、やっと本当の謡の稽古が始まるのです。
 
先生には二つのタイプがいるように思います。「釘を抜いて、温かく緩く教える」タイプと「さっさと弟子をうまくして、楽に稽古する」タイプと。私は、初めは時間がかかっても、後者のタイプでありたいと思っています。習う曲のレベルにもよりますが、曲をいかにその曲らしく謡うか、具体的に教えるように心掛けています。曲の内容を説明したり、曲の位を伝え、表現の仕方を伝えたり、息継ぎのタイミングを教えたり。曲全体の流れを把握することが大切なのです。

日本語が滅ぶとき、能の言葉も滅ぶ

謡の基本となるのが日本語の正しい発音です。まず例に挙げられるのが「がぎぐげご」。鼻に抜ける鼻濁音の発音や、「くっ」「しっ」というような促音の使い分けなど、現在日常の日本語ではおざなりになっている日本語の発声をうるさく稽古します。
 
また、能の世界では師匠は絶対的な存在です。師匠家に内弟子に入って最初に注意されるのは、座して両手をついて挨拶せよということです。常に師匠は尊い存在なので、師匠の存在を通して、敬語や礼儀や作法が自然と身に付くのです。
 
しかし稽古をしてみると、子どもたちだけでなく子どもたちを教える立場の先生がこういった基礎を理解していないことが多いようです。今日の日本語教育では「読む」「書く」は学びますが、「話す」ということがなされません。朗読の機会などもほとんどないのでしょう。そのためまともな挨拶さえできなくなっているのです。声を出すことができない、敬語の使い方はおぼつかない。
 
もともと能で語られる日本語は、支配階級であった武士たちの正しい共通語としてあったものでした。それが理解でき、きちんと伝えられるかどうかがとても重要であったのです。だから正しい発音を旨としていたのです。正しい発音を教えるカリキュラムをつくり、きちんとした日本語教育をしていかなければ、正しい日本語は滅んでいくばかりです。

教え方を教わらなかった反省

うまく謡えることとうまく教えられることというのはまったく別問題です。名選手イコール名監督とはいかないのと同じ意味です。玄人でも教え方のうまい人はそう多くないものです。
 
私も、言わば玄人向けの教え方しかされてきませんでした。そのやり方で教えたらまず素人のお弟子さんは続きません。私が20歳の時、父(中森晶三)から教えてもよいと許可され初めて稽古をつけました。最初の稽古の後、父に呼ばれて「あの弟子は俺が引き取る。悪かった。教え方を教えるのを忘れた」といわれました。その時の私は、自分が父から習ったときと同じように、弟子を頭から怒鳴りつけて稽古をしていたのです。その後1年間は父の稽古場の鞄持ちをして、素人のお弟子さんに対する教え方を学びました。それは非常に良い経験でした。
 
教える立場になった時相手が「どれだけ分かっていないか」が私には分かっていませんでした。自分では常識だと思うことが常識ではないと分かる。その加減を見極めなければならないのです。それを踏まえて教え方を考えなければ、お弟子さんはついてきてくれません。
 
稽古事の基本的なルールとして、一度稽古を始めたら、その稽古をやめない限り、師匠を代えてはならないというのがあります。どうしても先生を代えなければならない時には、今の先生に理由をいい、添え状を貰い、他の先生の所へ持って行かなければなりません。勝手に先生を代えるのは、玄人間の仁義に反します。
 
そのような「仁義の世界」に入る前に、私はお試し期間としてカルチャースクールを勧めています。現代的なシステムを利用することで、能の敷居が低くなればと願っています。
 
時代にあった教え方はとても大切です。例えば、私の稽古ではテープレコーダーを使います。その日の稽古を録音したもので復習し、次の稽古のために練習してくるように指導しています。そうすると習ったことを忘れずに、課題に積極的に取り組んでくれるようになるものです。しかし、録音はさせないという先生も多いようです。稽古は稽古場で覚えて帰れ、その代わり分からなくなったら何度でも稽古してやろうという教え方です。覚えの良いお弟子さんならよいのですが、稽古の度に何度も同じ所で突っ掛かってしまい、嫌になってしまいやしないかと思います。
 
録音を使った稽古では、お弟子さんがどんな姿勢で学んでいるか分かります。復習してくる人、全然おさらいをしない人。その人の姿勢を見て、そのお弟子さんにあった稽古の仕方に切り替えればよいのです。

まず「基本」ありき

私の息子たちは立って歩いて喋れるようになった時から稽古を始めました。最初のうちはせいぜい10分くらいの稽古が限度です。それくらいの稽古で充分ですが、回数をやらなければ忘れます。毎日の稽古で少しずつ積み重ねて、一つのものを覚えさせます。繰り返すことで、基本を身体に刷り込ませるのです。この「繰り返し稽古をし」「基本を刷り込ませる」ことが、子どもの稽古ではとても重要です。理屈でなく、身体で覚えさせるのです。その時期に子どもが嫌いにならない稽古の仕方は大事です。小学生になったころに「僕はお能の先生になります」と作文に書くようになればしめたものです。抗う気持ちもなく素直に受け入れるようにもっていくのが、教え方の極意といえるでしょう。
 
そのためには恐怖に思うようなこと、稽古そのものが嫌になるような叱り方はしません。悔し涙を流すことがあっても、ひっぱたいて泣かすような稽古はしません。舞台に出るようになった時には、本番の後は絶対に叱らないよう心掛けました。どんなに失敗をしても、笑って、よくできたねといってやる。本人にしてみれば、遊びたいのも我慢して稽古したのに、本番を終えたのちにまで怒鳴られたら、以後舞台に立つことが嫌になるに違いないのですから。本番で失敗する程度にしか教えられなかった先生の力不足と反省して、次の時にはさらにしつこく繰り返し稽古をし、子どもが恥ずかしくなく本番を終えられるようにさせます。師匠側には、弟子に繰り返し基本を刷り込ませる「根気強さ」が、弟子には、同じことを繰り返しても基本を体得する「根気強さ」が、それぞれ必要だと考えます。
 
教育の場でも同じではないでしょうか。先生がキレてしまったら何もならない。子どもたちには繰り返し基本を身に付けさせ、そして根気強く最後まで面倒を見る。「根気強さ」に尽きると思います。

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BERD 2005 No.2

発行所 株式会社ベネッセコーポレーション

編集協力 株式会社青丹社


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