3.小学館「サライの鎌倉」インタビュー記事掲載 (2005/10/10)
  

能を楽しむ
−静寂の中に現世の身を沈めひととき幽玄の世界に遊ぶ−

山懐に抱かれた古都鎌倉には厳かな能の雰囲気がよく似合う。気軽に楽しめる公演も多い。鎌倉在住の能楽師・中森貫太さんに案内していただき、鎌倉能の世界に触れてみよう。

鎌倉には多彩な能の楽しみ方がある。秋に行われる鎌倉宮の薪能に陶酔したり、長谷にある鎌倉能舞台で行われる定期公演を見て能に親しむのもいい。

鎌倉薪能は、全国に広がる薪能人気の火付け役となったもので、昭和34年に始まり、今年で47回を数える。金春流、狂言方大蔵流、観世流、喜多流などが参加する豪華な組み合わせだ。今では鎌倉の秋の風物詩となっている。

能楽師の中森貫太さんは能の入門として薪能を推奨する。

「野外の能舞台には、虫の音やあたりのざわめきなど、様々な音が入り込み、それが能独特の過度の緊張を解してくれます。また、薪能の演目には動きの派手なものが選ばれることが多く、能になじみの薄い人にも楽しめるでしょう」

月明かりのもと、篝火の炎が揺れるなかに浮かび上がる能面、能装束。聞こえてくる笛の音、鼓の音色。薪能は幻想的な能の世界へ誘ってくれる。

質実剛健の鎌倉に似合う能

能が誕生してから、およそ600年。室町時代に大衆芸能であった猿楽が能と狂言に枝分かれし、能は荘重な歌舞劇として観阿弥・世阿弥親子によって洗練された芸術の域にまで高められる。

その後、武士の教養として武道と同じように扱われ、能楽師は藩付きの指南役となる。それまでプロの役者の舞台を見る観劇であった能は、自ら演じるものに変わる。誰でも演じられるようにするために、動きは極力簡素に抑えられていった。

江戸中期ころより武家式楽(儀式用芸能)として確立した能は、鎌倉武士の質実剛健の精神と響き合う。明治・大正期、鎌倉は家族や富豪の別荘地となり、謡や仕舞を趣味にする能楽愛好家が集った。

「昔は能の稽古をしている人が能を見ていました。耳で科白を聞き取れ、展開を知っている人が役者の芸を見て楽しんでいたのです」

一般的な能舞台は、何も置かれていない舞台に、あるのは老松を描いた鏡板だけ。能の世界は簡素で、それだけに奥深さは計り知れない。謡の文句と役者の動きを手がかりに、観客は場面を想像していくのである。

「能には法則があります。必ず守ること、やってはいけないことがあり、型があります。型はおよそ50種類ほどで、この法則さえ覚えてしまえばあとは簡単です」

鎌倉能舞台では、開催している能と狂言の定期公演のときに、解説や質疑応答の時間を設けている。能の魅力を伝えるのは、中森さんの父親で観世流能楽師の中森晶三さん(77歳)。晶三さんは70歳で演者を引退し、現在は公演や後進の指導に専念している。

定期公演で、中森さんは主にシテ(主役)を務めている。

「能面を使わない演目もあれば、通好みの、言葉が主体の演目もあります。堅苦しく考えないで見てください。昔、殿様は見所だけ見て、お茶を飲んだりお香を聞いたりして、日本の文化を楽しんでいたものです。もともと能は堅苦しくないものでした」

”普及”と銘打った公演で、能と狂言を一番ずつ観る

中森さんは、こうも助言する。

「お奨めは、”普及”と銘打った公演で、能一番、狂言一番を選んで見ることです。しかし、能の普及公演の中にも、演目に首をかしげるものが入っていることがあります。間違いやすいのが、値段が高ければいいものだろうと思いこむこと。高額な切符には特別公演などがあり、人気曲だが動きの少ない、かなり通好みのここ一番という演目を出すこともあります。こうした公演には解説もないので、入門者には辛い時間となってしまいます。切符を買うときは、”初めてなのでどの演目がお奨めなのか”と尋ねてから選ぶとよいでしょう。

また、曲を調べてから見に行くと楽しさが倍増します。あらかじめ謡の本を購入して、出てくる和歌を調べたり、筋書きなどを頭に入れておきましょう。舞台を見るときには本をしまって、舞台に集中してください」

幕が上がったら、ここが能の見方の大切なところと中森さん。

「謡が終わってから囃子方が引くまでに4〜5分かかりますが、その間、曲はまだ終わっていません。きちんと一曲の終わりまで見届けるのが気持ちのいい見方です」

さらに興味を抱いた場合、中森さんが奨めてくれたのは謡の稽古。

「まず謡えないと舞えないので、謡の稽古から始めます。私は謡を半年ぐらいやったら舞を始めるようにすすめます。稽古を始めたら能を見るのが楽しみになります。さらに、『源氏物語』や『平家物語』など古典に親しめば、より興味が深くなります」

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サライの鎌倉」

発行所 株式会社小学館

編集協力 アイランズセカンド


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