能狂言がユネスコ 「人類の口承及び無形遺産の傑作」 に認定されました。
具体的にこれから先日本が能をどのように扱ってくれるのか、何も方向は決まっていないようですが、「能狂言がこのままの姿で存続することが『世界の遺産である』と認められた事」がまず、とてもうれしく、そしてまた、ほっとしてもおります。
能狂言が600年続いた「日本の伝統芸能」であり、「世界最古の仮面劇」であり、「世界でも稀少な最初の姿をより正確に伝えてきた演劇」だとしても、昨今の演劇、オペラ、バレエ、オーケストラ等々、様々な芸能の中で、ずばぬけておもしろく興味深い物だとは思われなくなってきている事は、事実です。
薪能さえ出せばチケットは完売するという、一番の隆盛期は過ぎた、というのが我々の実感でした。最近では、能狂言がすたれないために、様々な工夫が必要となってきています。
そのための手段として、
「能狂言界からスターが出現すると、こぞってそのスターに出演を願い、スター目当てのお客の動員をはかる」、
「伝統にのっとったままやっているから、お客がついてこなくなる。内容をどんどん変えて、今の人たちに受け入れられる演劇に変えていく」、
「能楽師の生活の保障は考えず、どんどん受託公演料をダンピングして、とにかく安価でも公演を取ってくる」等々・・・されてきています。
どれも間違った方向ではないかもしれません。しかし、これらの工夫のおかげで(せいで)、ますます能の公演がやりにくく、チケットも売れにくい状態になってきているのも、事実です。
まず、スターとダンピングの問題。これには「芸がおろそかになる事」、「普通の会のチケットが売れにくくなる事」、「能楽師では食べていけない=能楽の後継者が育たないという事」等の問題をもたらします。
番組にスターが出ればチケットが売れる。するとスターの取り合いになって、どの会にも同じスターが出ずっぱっり。お客が飽きるのが先か、スターの芸がつぶれるのが先かという事態になってくる。逆にスターのいない会は、いくら良い能狂言をやっていても、チケットが売れない。そこで、本業はなおざりにしても、手っ取り早くマスコミに名前を売ってスターになりたい玄人が出てくる・・・。
能狂言の舞台は、その一日の本番のためにも、長年の稽古の積み重ねが無ければ勤まりません。玄人は自分の職種以外の全ての職種の稽古をしているものです。足の痛いだけの下積みの生活を、何年も過ごしてきているのです。
しかしこの「長年修行を積んだ年数と努力」「覚えるのに要した時間」「足が痛い、装束が重い、手が腫れる、耳が聞こえにくくなる等の、肉体的苦痛」、これらは能狂言のその日の出演料に正当に加味されているとは言えません。規定通りの当日の出演料には、長年の修行日数は含まれていないものです。
さらに、「赤字覚悟でダンピングして安い値段で公演を受ける」ところが出てくると、常識的な普通の金額で仕事を受けているところは依頼がなくなり困ります。しかし、安く受けた会も、結局出演する能楽師の出勤料を抑えるより方法はなく、どちらの場合でも、能楽師にとって良い事はありません。すると、あちこちかけもちして仕事を増やさなくてはやっていけないので、結局自分の稽古の時間が取れず、芸がおろそかになり・・と堂々巡りになります。
そしてこれが一番問題ですが、「現代人にもわかるように、能狂言自身を変えていけば良い」という思想。変わっていけば、おのずから、能狂言の伝統は崩れて行きます。
観客に狂言の言葉、謡いの文句が通じなくなってきている。では、昔の言葉をやめて、現代のことばに直せば良いじゃないか。筋も今風に変えよう。能も筋書きに関係なく、動きもなくすわって謡ってるだけのところははしょり、おもしろい動きをどんどん増やそう。
前シテと後シテの間に装束を取り替えると時間がかかりすぎるから、あらかじめ装束を着けた人間が2人でシテをやればよいじゃないか。間(あい)狂言の言葉も観客には通じてないようだし、若い狂言方は覚えられないから、ここも止めてしまえばよい・・・・。
このように、どんどん変化させてしまったら、「能狂言は世阿弥が作った姿を正しく伝えている遺産」と言えるでしょうか。
今、能狂言界では、このような問題を抱えています。能狂言をそのままの姿で伝えていく事が難しくなってきている事。それは観客と、伝えていく能楽師、双方の問題でもあります。
能狂言が世界遺産になった今、全ての人々が能狂言を一度は実際に見る体験を持って欲しい、と思います。 そしてまた、能狂言についての知識を、世界の人々に自国の誇れる文化として語れる程度には、知っていて欲しい、と思います。
さらに、能狂言を伝えていく立場の人間が、長年の修行があっても能楽師であることに誇りを持ち、全く能と関係の無い若い世代も能楽師になってみたいと思えるような職種となるよう、国は保護して欲しいと願います。
日本人全ての無形遺産として、能狂言を守ってください。
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