1-能の扇

(扇の写真はこちら にあります。小さい画像をクリックすると、大きな画像にとびます)

 扇は日本人が作り出した舞台小道具の傑作と言われています。 単純な形ながら使い方によって笛・弓・刀・盃等となり、落語などではきせる・舟の櫓等も表現します。

「扇の種類」
 能で使う扇には大きく分けて中啓(ちゅうけい)と鎮折(しずめおり)の2種類があり、それぞれに図柄・骨の色によってたくさんの種類があります。

 装束を着た役者は基本的に(素抱男と言う装束の時は鎮折)中啓を持ち、それ以外の地謡・後見や、仕舞・舞囃子のシテは鎮折を使います。

 中啓とは扇をたたんだ状態でも中程から末広がりに啓いて作られている扇です。中啓には骨の色に二種類あり、白骨・黒骨と言われます。

 白骨には神扇・男扇・尉扇(じょうおうぎ)。黒骨には修羅扇(しゅらおうぎ)・鬘扇(かつらおうぎ)・童扇(わらべおうぎ)等があります。 白骨は神体や老人。直面物(能面をかけない)の男性が持ち、黒骨は能面をかけた男性や鬼。女性の役に使います。

 鎮折とは「仕舞扇」のことで、扇の先を強く圧し鎮めた形をしているためこう呼ばれます。 本来鎮折には決まった図柄は数えるほどしか無かった物ですが、近来アマチュアの発表会で使うために中啓の柄の鎮折も作られています。 また流儀ごとにきまりがあります。

 能で使う鎮折の図柄は「鉢木」の近衛引(このえびき)や「望月」の群千鳥(むらちどり)があり、後は観世水の三段水巻模様のものが一般的な図柄になります。 この水巻模様にも白地・銀地・金地等があり、昔は弟子家が白地。職分家が銀地。金地は宗家に限ると言った制約があったそうです。

「中啓の図柄の決まり」
 図柄にはある程度汎用性のある物と、決まり柄の物があります。一部をご紹介いたします。

 1.修羅扇 勝修羅扇(かちしゅらおうぎ)と負修羅扇(まけしゅらおうぎ)があり、勝修羅は「田村」「屋島」「箙」(えびら)の三曲にのみ使い、負修羅は「経正」「頼政」などの修羅物と「鵺」「安達原」「殺生石」等の鬼畜物にも使用します。

 負修羅扇は一日の番組の中にかち合いやすい扇のため、平家の武将用に公達扇(きんだちおうぎ)と言う替扇(かえおうぎ)もあります。

 勝修羅は松に日の出。負修羅は波に日の入りの絵が描いてあります。遠くからは見えませんが、勝修羅は太陽の中に雲が描いてあり、負修羅には貝や海草が描かれています。

 2.鬘扇(かつらおうぎ) 紅入(いろいり)と紅無(いろなし)があり、若い女性で装束に赤が入っているときは紅入。年配の女性で赤の入っていない装束の時は紅無を使います。 替扇として「斑女」に使う二本組(シテとワキ用)の斑女扇などがあります。

2-舞台上での扇

(舞台上の扇の使い方例の画像はこちらにあります。)

 今回は舞台の上での扇の使い方について話していきましょう。

 扇は普段は右手に持ちます。持ち方は小指と薬指を主にして、後の指は形よく添えるようにします。親指に力を入れて持つと扇の先が下に向いたり、先が震えたりします。

 鎮折と中啓では扇の仕立てが違いますので、持ち方も若干違います。 鎮折は扇の骨から親指を外して人差し指の先に会わせて、左手と同じ形になるように持ちます。中啓は親骨に親指を乗せて、扇が立つように持ちます。いずれも顔の前に扇を出した時に、扇の先が少し斜めになるようにします。

 象徴的な表現方法として、次のような他の道具に見立てて使う事があります。

 1:筆 扇を逆にして指先を伸ばすと筆になります。「放下僧」の「筆に書くとも及ばじ〜」等の型です。

 2:刀 扇を骨2本まで閉じて親指と人差し指の股で握って持ちます。能の時は作り物の太刀を使いますが、仕舞の時は扇で表現します。

 3:弓 左手で扇の真ん中ほどを握ります。左手は指先を伸ばして矢をつがえた型にします。「殺生石」や「鵺」にあります。

 4:盃 右手で扇を開いて水平に持ち左手を伸ばして添えます。この型は相手に物を差し出すときにも使います。左手で地紙を一つ畳んで持つ型もあります。

 5:盾 左手で親骨を一つ畳んで持ち扇を顔の前に立てます。「屋島」の「陸には波の盾」の型が有名です。

 この他にも”合図”の”知らせ”のような使い方もあります。

 「融」の「舞返(まいがえし)」や「十三段之舞」等の小書(特殊演出)の時、舞の途中でシテが囃子方の方を向いて扇に手を掛けます。普段は扇を開いてその段で舞を終わりにしますが、ここで扇を閉じると「もう一度最初から舞いますよ!」の合図になり、番組に書かれていなくても「舞返」の演出になります。(もっとも最近では囃子方がまず承知してくれませんので、必ず事前に言いますが)。

 今度能を御覧になるときには扇にも気を付けて見て下さい。

 扇の使い方の基本は「目線と扇の先と出ている足のつま先は同じ方を向く」と言うことです。お稽古を始めたばかりの方などが自分の舞台写真を見てどこか違和感がある時はたいていこの基本が守られていないことが多いようです。

 (ただしこれを読んで自分の先生に質問などはしないでくださいね。先生によって教え方の表現方法は違いますから!)

3-能楽師にとっての扇

(披き扇の 画像はこちらです。小さい写真をクリックすると、大きな画像にとびます。)

 扇は私たち能楽師にとって武士の刀のようなもので、着物に着替えれば必ず身につける物です。

 昔は改まった挨拶の時には、謙譲の意味をこめて、扇を前に置き頭を下げることが日常的でしたが、能の世界では、それが守られています。 お稽古のはじめと終わりには、扇を前に、先生にご挨拶をする。 舞台の前の楽屋でのご挨拶の時にも、それぞれ扇を前に置き、手前に手をついてお辞儀をします。

 地謡方は扇を腰に差して地謡座に座り、謡う前に扇を腰から抜いて自分の前に置き、謡います。(謡っていないとき、手は袴の中に隠しておきます。これは何もしていない時には手を見せないという決まりです。)

 後見はやはり扇を腰に差して出て、後見座に座ると扇を抜いて自分の右膝横に置きます。これは、後見がいつでも舞台の上に飛び出せるような準備であり、その曲に因んだ柄の扇を選んで持って出るのも、後見の心得のひとつです。(おシテさんが、万が一自分の扇を落としたり、壊したりした時の替えに、使えるように・・。)

 落語家の方は「扇を境にして上と下にはっきりと別れるもんなんです。だから扇を逆向きにして置いたりしたらぶん殴られたもんですよ」とおっしゃってました。

 落語家さんはお披露目の時にオリジナルの手拭いを配るものと聞いていますが、能の世界では大曲を披く時、折り目節目の舞台の時に(初舞台、独立、還暦、追善、等々)「披き扇」(ひらきおうぎ)を配る習慣があります。 その日に舞う曲にちなんだ柄の鎮折の扇を作って、当日の出演者やお弟子さん、お世話になった方達に配るのです。

 「道成寺」なら桜や松。「石橋」ならば牡丹と言った具合です。

 それぞれ、京都の扇屋さんに頼んで特注で作ってもらうため、お値段も結構するものです。 このメルマガを読んだ方で、もしお友達などから扇を頂いたら、お祝いを包むのがこの世界の常識です。金額は・・・まあ扇だけで一本1万円から、と言ったところですので、後はおつきあいの程度によると思います・・・。

 私も今までに何本か扇を出しています。参考までに御覧いただければさいわいです。


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