画像はこちらに 2枚あります。
◆神に近い役の面
切能は一般的に「鬼畜物(きちくもの)」とも言われますが、「融(とおる)」「須磨源氏」「玄象(げんじょう)」と言った殿上人をシテとする曲や、「海士」のような「龍女」の曲もあります。
殿上人の三曲は、前シテが「笑尉(わらいじょう)」や「朝倉尉(あさくらじょう)」、後シテが「中将」になります。これらは二・三番目物で写真を載せていますので、そちらをご参照ください。
海士は、前シテで「深井」や「曲見(しゃくみ)」という年配の女性の面を使い、後シテで「泥眼(でいがん)」を使います。この泥眼は、目に金色(金泥と言います)の入った女面で、葵上や砧のシテにも使います。
また「春日龍神」や「張良(ちょうりょう)」に出てくる龍神には「黒髭(くろひげ)」を、「舎利(しゃり)」や「大会(だいえ)」に出てくる韋駄天や帝釈天等の力神には「天神(てんじん)」の面を使います。
目に金が入っているのは『この世の物でない』と言う証で、鬼や天狗・幽霊の面は必ず金入りです。(尉面や中将の目には金は入っていません)
◆鬼女
葵上といえば「般若(はんにゃ)」の代表曲です。般若と言う面は、「赤般若」「白般若」「黒般若」と三種類あって、怒りが最も表面に出た赤が「道成寺」専用。宮中の女性としての品を残した白が「葵上」専用。陸奥の鬼婆としての強さを表す黒が「安達原」専用となっています。
道成寺の場合は「赤頭」の小書が付くと「真蛇(しんじゃ)」や「泥蛇(でいじゃ)」と言う面に変わります。これはより強いイメージを出すのと同時に、赤頭を被ると面が赤だと色が付いてしまうためではないかと思います。
今では「紅葉狩」にも般若を使うことが多いのですが、これは「鬼揃(おにぞろい)」と言う小書の時で、本来は「顰(しかみ)」と言う男の鬼の面を使います。
この小書は明治になって作られた小書です。広い会場(当時の万博など)でやるのにシテが一人では寂しいので、前ツレを全部鬼にして後半にも大勢鬼を出す事から始まりました。ところが「顰」は基本的に一人しか使わない面で、一度に五つも六つも使うことはありません。般若ならどこの家にも数多くあるので、鬼を鬼女に代えて般若を使うようになったようです。
この般若に似た面が「生成(なまなり)」です。これは「鉄輪(かなわ)」専用面で夫に捨てられた女が生き霊となって別れた夫と後妻を取り殺そうとする曲で、他に「橋姫(はしひめ)」と言う面もあります。まだ人間で鬼になり掛かった状態なので「生成」と言い完全に鬼になってしまった般若を「本成」と言います。今丁度「陰陽師」の映画をやっていて中に「生成」が出てきますが、昆虫のような顔つきで一寸イメージが違うような・・・。
◆べしみ物
この他にも天狗物の「鞍馬天狗」や「善界(ぜがい)」に使う「大べしみ」。地獄の鬼「鵜飼(うかい)」「松山鏡」「昭君(しょうくん)」等に使う「小べしみ」。これは口を「へ」の字に結んでいることから「べしみ(字が出ませんでした)」と言われ、押さえた力強いイメージがあります。
「長霊べしみ」は大盗賊「熊坂長範(くまさかのちょうはん)」の顔で「熊坂」と「烏帽子折(えぼしおり)」に使います。
これに対して「小鍛治(こかじ)」や「殺生石(せっしょうせき)」に使う「小飛出(ことびで)」は軽快で切れ味鋭いイメージがあり、脇能に使う「大飛出」をスケールダウンしたような面で、「べしみ」が陰、「飛出」が陽の面とも言えると思います。
◆怨霊物
鬼に対して「幽霊」になると「船弁慶」等に使う「怪士(あやかし)」や「通小町(かよいこまち)」「藤戸(ふじと)」に使う「痩男(やせおとこ)」があります。今までの面に比べるとずっと人間臭く、暗い雰囲気があり、「黒頭」の下に付けるために一層くらい表情に見える面です。似た顔の面に「一角仙人」に使う「一角仙人」と言う面もあります。なんとなく怪士の額に角を付けたような気がしてなりませんが・・・。
老人の鬼という設定の「恋重荷(こいのおもに)」には「悪尉(あくじょう)」と言う面を使います。この「悪」と言う字は「悪い」ではなく「強い」と言う意味で、色々な名前の悪尉面があります。ただし滅多に出ない曲ばかりなので、舞台で見る機会は非常に少ない面でもあります。
この番目の専用面としては前述の「生成」の他に「山姥」や「獅子口(ししぐち)」などがあります。
獅子口は「石橋(しゃっきょう)」の後シテで文殊菩薩の愛獣である獅子の面で、能面の中で最も大きく、重い面です。これを掛けて頭を振るというのはかなりな重労働で、初めてやるときには稽古の段階でむち打ちのようになってしまうことも珍しくありません。
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