能の曲目についてお話しましょう。観世流の場合、「現行曲」と呼ばれるものが約二百十番(能では曲と言わずに「番」と言います)あり、それを五つのグループに分けています。
一番目は、「絵馬(えま)」や「養老(ようろう)」等、神仏の霊験をたたえる曲です。
「翁(おきな)」とセットになって左脇に曲目を書くことから「脇能物(わきのうもの)」と呼ばれます。
特に「高砂(たかさご)」「老松(おいまつ)」を、筆頭祝言曲とも呼びますが、これは常盤木として一年中勢いを失わない松の木を称えた曲で、それを徳川家の本姓「松平」の松とかけてそう呼ぶようになったと言われています。
二番目は、「修羅物」と言われ、「俊成忠度(しゅんぜいただのり)」や「巴(ともえ)」(唯一の女修羅物)等の、武将を主人公とした曲です。
天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六つの世界を六道と言い、生前、戦闘や争いで死んだ人間の、落ちゆく世界が修羅道で、源平の武将達を主な主人公とし、ありし世の勇戦ぶりを仕方噺(しかたばなし)に見せるものが多い。
自らの勝ち戦を物語る「田村」「屋島(やしま)」「箙(えびら)」を勝修羅三番(かちしゅら・・)と呼び、その他の曲を「負修羅物(まけしゅら)」と言います。
その他「実盛(さねもり)」「頼政(よりまさ)」「通盛(みちもり)」を三修羅と言ったりもしますが、特に「実盛」「頼政」は年老いた武将を主人公とするために他の曲よりも重く扱う家が多いようです。
三番目は「鬘物(かつらもの)」。源氏物語を始めとする物語の中の高貴な女性や、芸人、草木の霊などの優雅な舞いを中心とした舞踊劇といえるでしょう。
「井筒(いづつ)」「野宮(ののみや)」と言った女性の幽霊や、「杜若(かきつばた)」「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」などの、草木の精を主人公とする曲が多いが、「熊野(ゆや)」や「草子洗小町(そうしあらいこまち)」などの、現在物もあります。
最も「能らしい」と言われるゆったりしたテンポの曲で、太鼓の入らない「大小序之舞」を舞う曲を、「本三番目物」と言っています。
能楽初心者にはあまりお薦めでない曲が多いのですが(所謂「幽玄」の美を主眼とするため・・・)、逆に「見てみたい曲」ては上位にランクされる人気曲が多いのが特徴です。
四番目は現在物・狂女物・遊興物ともいいます。
「隅田川(すみだがわ)」「花筐(はながたみ)」の様に、我が子や恋人を捜して物狂(移り巫女のような旅芸人)として諸国を流浪する女性を主人公とする狂女物。
「菊慈童(きくじどう)」など、美少年の遊舞物。 「唐船(とうせん)」、「三笑(さんしょう)などの老人の遊興物、 「安宅(あたか)」「七騎落(しちきおち)」のように直面(シテが能面を掛けない)男性狂物、など、いろいろな種類があります。
最もストーリー性があり、芝居に近い曲が多いので、昔はその日の会での一番のベテランが演じるべき曲目でした。
謡の調子・緩急を自由自在に操れなければこういう曲は面白くもおかしくもなくなってしまうことから、色々な曲を経験した人間でなければ手に負えないと言われています。
五番目が鬼畜物・切能。 「安達原(あだちがはら)」「土蜘蛛(つちぐも)」の様な「鬼退治」をテーマとした曲。 「猩々(しょうじょう)」「融(とおる)」のように舞をメインにした曲が有ります。
この五番目は四番目物とは逆に、若手の、からだが利く者が、全体的にスケールを大きく、時には「宙返り」の様な大技を駆使して、舞台狭しと暴れ回り、一日の会をスッキリと終わらせると、いう意味があります。
|